この方のプロフィール

知らない土地で自分を試したいと「アフリカに行く」と心に決めたのは大学に入学したころ。二年間のアフリカ八カ国の旅は、土地の人とともに寝起きする「自分探し」の旅でした。旅の途中、イスラエルの戦争をみたり、ヨーロッパに行ったり、世界各地を歩きながら、見聞を広げ、「自分を活かし、成長させ、人が喜ぶ仕事は何か」を考えました。


アフリカの草原で、自分の将来を考えたとき、貧困のなかで幼い子たちが死んでゆく実態にふれ、「医者になろう」と決心。帰国後、コンピュータ会社で働きながら資金をため、アメリカの大学で生物学(遺伝子工学)を学びました

 北海道生まれ。函館ラサール高校、東京工業大学、米ホープ大学を卒業。世界20数ヵ国を訪ねる。コンピューター会社でシステムエンジニアとして働く。

私の政治家としての原点は二つです。一つは平和です。十八歳のときに、「蟹工船」の作家・小林多喜二を通して、あの侵略戦争に唯一反対した政党があったことを知りました。それが日本共産党でした。「どんな状況にあっても戦争反対を貫ける人になりたい」と思い、日本共産党に入りました。 

 
こんな頭の良い人でも、共産党に入るとこんなことになる典型ですな。