え〜二日前に予告していたたけし先生に関するタレコミの件なんですが、実は新潟中越地震にたけし先生がボランティアに行った時の目撃談なのでした。

たけし先生の手記はしんぶん赤旗にも載っていたようでつ。ポイントはここ。

(上)…「共産党が待たれている」(「赤旗」2004年12月25日掲載)
 17日から19日までボランティアバスに乗り込み、新潟県中越地震被災地への救援ボランティアに行ってきました。
 10月23日の地震以来、「一度は被災地へ」と思いつつも、大阪で救援募金を訴える取り組みが主になり、なかなか思いを果たせませんでした。今回日本共産党と民青同盟が大型バスを借り切ってボランティアバスを出すと聞いて参加を決定しました。

(息子と一緒に)
 もう一つの目的は、中学二年になった息子・哲志(さとし)に初めてボランティア体験をさせてやること。実は私がおやじに連れられて原水爆禁止世界大会に初めて参加したのも中二のときだったからです。今回、同じような親子づれが4組おられました。
 大阪から41人を乗せたバスは18日早朝、長岡市にある「日本共産党救援センター」に到着。さっそくミーティングで被災地の状況やこの間日本共産党が行ってきた救援活動の内容などの説明を受け、ただちに6つの班に分かれて現場に散りました。
いま、救援活動は「物資お届け隊」と「後片づけ隊」の二つに大きく分かれています。私たち親子は川口町に入り、主に全国からの救援物資の配布を行いました。

え〜この部分ですね。

タレコミを下さった方によると、書かれていないことがあるそうでつ。というのも、たけし先生、現地の移動にボランティアの運転するクルマで息子さんと共に移動していたそうです。党の命令でそうしたのか、本人の希望でそうしたのかは不明ながら、普通ボランティアがボランティアを足代わりに使わないのではないのか?と疑問を持たれたようであります。

そうした疑問を持たれた背景には、たけし先生のボランティア活動に関して熱意が足りないのではないかと噂がたっていたのを耳にしたことがあります。

この方曰く「被災地の共産党議員の中には、自身の住宅が崩壊寸前でありながら、地域住民の為に避難所の確保や物資の確保に奔走していた」方なんかもおられて、共産党のボランティアに関して決して悪い印象は持っていないそうなのですが、たけし先生に関しては妙な意味で記憶が残っているようですね。

で、実はこの方、これ以上の情報提供はして下さってませんが、たけし先生如何によっては、もっと知っていることぼくちんにタレこもうかなぁ?と思っておられるかも知れません。ですから、宮本たけしファンの皆さまにおかれましては、もったたけし先生の活動を知りたい旨のコメントを残して下さるとありがたいです。そうすると今回情報提供いただいた×××さんも、またメールを下さるかもwww

たけし先生の今後の対応が注目されます。