先日のことでありますが、また背筋がぞっとするような事件がありました。今月の2日のことでありますが、京都の西本願寺の総御堂に刃物をもった男が侵入
し、「門主に会わせろ」などと叫びながら、灯油のようなものをまきました。西本願寺は94年に境内の大部分が世界文化遺産に登録されており、総御堂は国の
重要文化財であります。幸いにも大事に至りませんでしたが、この男
のやったことは許されるものではありません。
男は「西本願寺の靖国に対する態度がなっとらん」と言っていたそうでありますが、こういう事件がありますと、ますます物が自由に言えない時代になったのだ と実感します。浄土真宗本願寺派をはじめ、真宗の10の宗派でつくる真宗教団連合は、小泉首相の靖国参拝に反対し、代わりに「国立追悼施設を作る会」を発 足させておりますが、自分の考えと違うからといって何をやっても良いという事が許されて良いはずはありません。
のやったことは許されるものではありません。
男は「西本願寺の靖国に対する態度がなっとらん」と言っていたそうでありますが、こういう事件がありますと、ますます物が自由に言えない時代になったのだ と実感します。浄土真宗本願寺派をはじめ、真宗の10の宗派でつくる真宗教団連合は、小泉首相の靖国参拝に反対し、代わりに「国立追悼施設を作る会」を発 足させておりますが、自分の考えと違うからといって何をやっても良いという事が許されて良いはずはありません。
最近ではある一つの考えを受け入れるかどうかで区別されていくのが流行りのようでありますが、世の中で起こっていることはYESかNOかで判断できるほど
単純ではありません。例えば郵政民営化にYESかNOかで判断され、NOと言った人は守旧派のレッテルを貼られ、議論から疎外されます。
こういう社会になりますと、議論すらまともに出来なくなり思考停止に陥ってしまうのですが、そうならないためにも異論や少数意見にきちんと目を向けて行く必要がるのではないかと思います。
罵詈総論でした。
こういう社会になりますと、議論すらまともに出来なくなり思考停止に陥ってしまうのですが、そうならないためにも異論や少数意見にきちんと目を向けて行く必要がるのではないかと思います。
罵詈総論でした。