1949年7月5日、下山事件。
初代国鉄総裁・下山定則が行方不明に。翌6日、常磐線綾瀬駅附近の線路上で轢死体で発見される。
初代国鉄総裁・下山定則が行方不明に。翌6日、常磐線綾瀬駅附近の線路上で轢死体で発見される。
第2次世界大戦後、国鉄をめぐって起きた三大事件のひとつ。この日の前日、国鉄は30700人の第一次首切り通告を出したばかりだった。
死因については警視庁の発作的自殺説、法医学の古畑種基による死後轢断説、政府側の左翼による謀殺説という3者が対立した。作家松本清張は『日本の黒い霧』において、米軍特殊機関による謀殺説を唱えた。
1949年7月5日、朝9時30分すぎ、下山定則国鉄総裁は出勤の途上、公用車を待たせたまま三越日本橋本店に入り、そのまま謎の失踪を遂げた。総裁の行方不明を知った警視庁では午後2時ごろ極秘捜査を開始、午後5時すぎから公開捜査に踏み切った。しかし失踪から15時間後、常磐線の北千住と綾瀬駅間で、総裁は轢死体となって発見された。
これまでの資料では省みられることの少なかった、下山が自宅出て三越に至るまでのルートを、さまざまな証言を精査して再現された方がいる。詳しくは、下山事件の全資料を駆使した力作サイト「下山事件資料館」をご参照いただきたい(最後にURL)。自殺か謀殺か、推理小説ファンならずとも、このサイトを読んでいるうちに、いろいろな推理を働かせてみたくなってくる。
しかし、この「暦」で確認しておくべきことは、全く別のことだ。1949年6月1日公布の「行政機関職員定員法」による約28万人の人員整理にたいする反対闘争が不発のまま終焉したことだ。9月革命の幻想も、無残に打ち砕かれた。国鉄労働組合・全逓信労働組合がストライキを含む実力行使も辞さないという決議を行ったにもかかわらず、何らの有効な反撃を行うことができなかった。その原因は、下山事件、それに続く三鷹事件、松川事件による影響が大きいとされてきた。
特に今日の下山事件については「謀略」説が根強く唱えられてきた。しかし、ここで問いかけてみたい。左翼政党や労働組合が最も闘うべき「首切り」の時に闘うことのできなかった理由を、外部からの「謀略」だけに転嫁してきたのは、本当に正しい態度だったのだろうか? そのために左翼運動・労働運動内部の主体的弱さを省みるチャンスを、失ってしまったのではないだろうか?
このことは下山事件が自殺であろうと、謀殺であろうと関わりのない、いまの私たち自身に突きつけられている問いである。今回の選挙戦に、何かコメントしてみたい誘惑に駆られるけれど、すでにいくつかコメントもあることであり、私からはただ一言、現場の活動家の皆さんに、逆風のなかよくぞ健闘されましたと連帯のご挨拶をお贈りしたいと思う。
【参考サイト】
下山事件資料館
http://members.ytv.home.ne.jp/shimoyamania/
死因については警視庁の発作的自殺説、法医学の古畑種基による死後轢断説、政府側の左翼による謀殺説という3者が対立した。作家松本清張は『日本の黒い霧』において、米軍特殊機関による謀殺説を唱えた。
1949年7月5日、朝9時30分すぎ、下山定則国鉄総裁は出勤の途上、公用車を待たせたまま三越日本橋本店に入り、そのまま謎の失踪を遂げた。総裁の行方不明を知った警視庁では午後2時ごろ極秘捜査を開始、午後5時すぎから公開捜査に踏み切った。しかし失踪から15時間後、常磐線の北千住と綾瀬駅間で、総裁は轢死体となって発見された。
これまでの資料では省みられることの少なかった、下山が自宅出て三越に至るまでのルートを、さまざまな証言を精査して再現された方がいる。詳しくは、下山事件の全資料を駆使した力作サイト「下山事件資料館」をご参照いただきたい(最後にURL)。自殺か謀殺か、推理小説ファンならずとも、このサイトを読んでいるうちに、いろいろな推理を働かせてみたくなってくる。
しかし、この「暦」で確認しておくべきことは、全く別のことだ。1949年6月1日公布の「行政機関職員定員法」による約28万人の人員整理にたいする反対闘争が不発のまま終焉したことだ。9月革命の幻想も、無残に打ち砕かれた。国鉄労働組合・全逓信労働組合がストライキを含む実力行使も辞さないという決議を行ったにもかかわらず、何らの有効な反撃を行うことができなかった。その原因は、下山事件、それに続く三鷹事件、松川事件による影響が大きいとされてきた。
特に今日の下山事件については「謀略」説が根強く唱えられてきた。しかし、ここで問いかけてみたい。左翼政党や労働組合が最も闘うべき「首切り」の時に闘うことのできなかった理由を、外部からの「謀略」だけに転嫁してきたのは、本当に正しい態度だったのだろうか? そのために左翼運動・労働運動内部の主体的弱さを省みるチャンスを、失ってしまったのではないだろうか?
このことは下山事件が自殺であろうと、謀殺であろうと関わりのない、いまの私たち自身に突きつけられている問いである。今回の選挙戦に、何かコメントしてみたい誘惑に駆られるけれど、すでにいくつかコメントもあることであり、私からはただ一言、現場の活動家の皆さんに、逆風のなかよくぞ健闘されましたと連帯のご挨拶をお贈りしたいと思う。
【参考サイト】
下山事件資料館
http://members.ytv.home.ne.jp/shimoyamania/