日本共産党・民青同盟悪魔の辞典+

日本共産党や民青同盟、またやりよった……ぼやきのブログ

2005年05月

 1966年5月16日、中国で文化大革命が始まる。

 中共中央委が各級機関に対して、彭真らの「2月提綱」批判と中央文化革命小組設置の決定を通達する(5・16通知)。

 文化大革命を特徴づけるのは、紅衛兵の青年たちの活躍だろう。だから文化大革命の展開は、紅衛兵の項にゆずるとして、今回は、毛沢東が文化大革命に到るプロセスをおさらいしてみたい。続きを読む

1.民青同盟の幹部養成のための教育合宿のこと。合宿で行われていることは、基本的に班会とそう変らない。ごく普通に科学的社会主義や党の魍魎……ではなく綱領などの授業を受け、合宿参加者で作られた班で議論して内容を深める。たいていは民青の幹部が講師となるが、綱領に関しては党から講師がやって来る模様。
外部との連絡は本部スタッフの立ち合いがなければ許可されないものの、特に洗脳など特殊なことは行われていない。しかし、そんな合宿でも、中には最後に「私はこの合宿に来て確信しました」なんて涙を流して発表する人もいる。洗脳されやすい人は、洗脳しなくとも洗脳されたようになるようだ。

2.先輩同盟員に謎を付加して、後輩の脱退を防ぐ、ハッタリのキャリアのこと。どこでいつやるかなど基本的に秘密にしろと言われている幹部学校で学んだというと、新入同盟員に謎を与えることができる。新入同盟員は先輩が下らん奴だから民青なんか辞めようと思っても、先輩に謎があると、謎の究明までは組織に留まろうという気になる。しかし、そんな同盟員が実際に幹部学校の実態を知るとどうなるのかは、人による。

 1972年5月15日、沖縄本土復帰。

 「米軍再編行方混沌」ときょうの沖縄タイムスは伝えている。

 「沖縄県は15日、本土復帰して33年を迎えた。在日米軍専用施設の約75%が集中する実態は変わらず、戦後60年を迎える今なお、基地から派生する事件・事故も絶えない。県は年内にも結論が出る米軍再編で負担軽減に期待するが、再編の行方は混沌としている。一方、復帰後、社会資本の整備は着々と進んだものの、県民所得は全国最下位、失業率は全国2倍で推移、財政依存度も高く、「自立的発展」に向けた模索が続いている。」

 日本政府とアメリカ政府が結んだ「沖縄返還協定」は、1972年5月15日午前0時をもって発効した。
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日本共産党のみならず、一般に左翼党派には、正確で歴史的に価値あるものを書くことが不可能なジャンルの文章。革マルや中核の場合、ふだんの活動が忙しいため、党史編さんをそもそもやっていない。そのため内ゲバの歴史なども正確に書いている、立花隆の「中核VS革マル」をテキストにして党史の学習を推奨する。

日本共産党の場合、党史編さんに人材を投入する余裕はあるのに、歴史の捏造が露骨なので、党の手による党史は間違い(捏造)さがしにしか使えない。

日本共産党と中核・革マルと比べると、日共の方がマシだというのが一般のイメージだが、中核・革マルは、日本共産党のように党員をも騙そうとしないだけ、良心的である。

それにしても、立花隆は「日本共産党の研究」という評価の高い党史も書いている。近年DQN系の著作が多いと言われるが、党史研究においては今なお偉大な足跡を残しているといえるだろう。

 きょうは、オーウェン(1771−1858)の誕生日である。

 ロバート・オーウェンは、イギリス産業革命のなかに活躍した、先駆的な社会主義者である。高校の世界史の教科書では、こんな風に紹介されている。

 「1800年に紡績工場を経営して成功、労働者の生活改善に努力した。1825年にはアメリカでニューハーモニー村(理想的共同社会)を建設したが失敗した。工場法の制定や、労働組合・協同組合の育成にも努力した。」
                      (桐原書店『新世界史A』)

 オーウェンは、1771年、ウェールズのニュータウンという町に生まれた。ヘーゲルと、ベートーヴェンはこの前年、1870年の生まれで、ほぼ同年代だ。
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1党外の人間が日本共産党内で、成長途上の優秀な人間を探す時に見る指標の一つ。党から分派の認定を受けると、将来性のある人かもしれないとリストアップされる。真に優秀な人と認められるためには、そこから査問を受け、党に屈服することなく除籍・除名される必要がある。

2.日本共産党がもっとも嫌う、党主流派の言うことに異論を唱える人や考え方のこと。異論といっても、たとえば憲法九条改正に賛成する人はめったになく、いくら選挙に負け続けても責任を取らず、相変わらず負け続けるのがわかっているような指令が下りてくることに不満をいだくような場合がほとんどである。それを犯罪と同等に扱うのが、共産党らしさである。

 1588年5月13日、バリケードの日。

 フランス第8次宗教戦争における歴史の一幕。パリの旧教徒市民と、ギーズ公の旧教同盟貴族が蜂起したのだ。旧教徒は夕方にはパリを制圧して、国王アンリ3世はシャルトルに逃れる。

 バリケードの歴史はかくも古い。パリの歴史は革命の歴史であり、また革命はバリケードの歴史である。

 不屈の革命家ブランキは、その主著『武装蜂起教範』バリケードについて図解入りで詳細に論じている。このブランキ式バリケードは、防禦壁・内壁・斜堤の 3層構造から成り立っている。ブランキは、このバリケードの構築にあたり、どれだけの石が必要になるか、事細かに計算している……計算違いもあるのだが。防禦壁・内壁は高さ3メートル、厚さ1メートル。敵の侵入をはばむ斜堤は、45度の傾斜で長さ4メートル。パリの公道を舗装する敷石は25センチ角である。道路の幅が12メートルとした場合、バリケード全体の容積は合計144立方メートル。したがって、敷石は全体では9186個、公道から長さ48メートルにわたって敷石をはぐことが必要になる。
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1.労働組合の実力闘争の代表的な行為。賃上げや組合員の処遇改善などの要求を経営側が聞き入れなかった場合、組合が決めた期間いっさい仕事に従事せず、売上や生産を落とすこと。
時限ストは、決められた時間のみ仕事をしない。全日ストは、一日全く仕事をしない。ただし、経営側が譲歩してきた場合に備え、スト解除の指令が出たらすぐに仕事に復帰できるように社員は出勤しているのが普通なので、ストによって実質拘束時間が減るわけではない。減るのは学校の授業で、喜ぶのは生徒だけである。

2.左翼活動家が人にはすすめるが、自分たちに行使することは全くない行為。日本共産党や民青同盟においても、専従が賃上げや処遇改善のためストライキに入ったという話はきかない。経営側の薄汚いリストラを斬るだけの器量が、自分たちにはあることをぜひ国民に見せてもらいたいものである。

 1946年のきょうは、日曜日だった。世田谷区では、人々の怒りが頂点に達していた。主食の配給が12日間も遅れていたのだ。主婦や労組の活動家数百人がつめかけた「米よこせ区民大会」が開かれていた。

 当時は、人々の間で、食べ物のことが話題にならない日はなかった。成人一人が必要とするカロリーは、政府基準で2200キロカロリーとされていた。しかし政府の配給は、1946年半ばから47年の半ばにかけて、その三分の一から四分の一を満たすものでしかなかったのである。闇市を利用しない人はゼロに等しく、1948年になっても、「今の日本で違法行為をやっていない人間は、刑務所に服役中の人間だけだ」といわれたほどである。飢餓と欠乏が、民衆の草の根の政治参加をうながしたのだ。

 この世田谷区民の集会には、思いもかけずビッグな人物が姿を現した。日本共産党の野坂参三である。

 野坂参三が中国での活動を終えて帰国したのは、この年、1946年1月半ばのことだ。博多から東京に向う列車のなかで、後に有名になる「愛される共産党」という声明を発表する。野坂が共産党本部に到着したときには、和服やドレスで着飾った若い女性たちが多数つめかけ、さながらスターを迎えるような大騒ぎだった。「ステキだったわ!」「みんな赤い旗を振っていたのよ!」と女性たちは大感激だったそうである。
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1.宮本顕治が書記局長(トップ)だったときに唱えた国際共産主義に対するアンチテーゼ。コミンフォルムのせいで大変な目にあった宮本顕治が、日本共産党は、共産主義のエリートであるソ連共産党や中国共産党などの指導を受けず、自分たちの道を行くと宣言したもの。

2.日本共産党が、他者から批判された時のいいわけ。外国の共産党の非民主的体質や暴虐非道のニュースが流れ、お前らは奴らの言うことを支持するのかと日本共産党に批判が向けられる時、「我々は自主独立路線をとっている」とすることで、我々は外国の共産主義は違うのだと反論が可能となった。

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 1974年5月11日、足尾鉱毒事件が80年ぶりに決着。

 古河鉱業が被害者971人に補償金15億5000万円を支払う調停案に双方が受諾した。

 足尾銅山はこの前年、1973年に閉山した。そう、この時点までは操業していたのだ。このことは、意外に知られていない。

 1610年(慶長15年)に発見された足尾銅山の歴史は古い。江戸時代の日本は、世界最大の銅産国だった。住友財閥がその礎を築いたのも、「南蛮吹」といわれた99%の純度を誇った当時最先端の銅精錬技術である。元禄年間(1688〜1704)の日本の産銅量は世界最大の年産6000トンだったが、住友銅吹所は実にその3分の1を生産していた。足尾銅山から採掘された銅も、住友銅吹所をへて、オランダや中国に輸出されていたのだ。
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長野県で発行されている日本共産党と民青同盟のメーリングリスト。Aはarticle(憲法)の略である。アメリカのホワイトハウスにアクセスしてきた人を狙ったWhitehouse.comのように、今はやりのアフィリエイトの有力業者A8netを検索しようとした人が、間違ってアクセスしてくることを期待してのものではなく、HPは持っていない。

しんぶん赤旗によれば、「憲法第9条を知っていますか」とかいたボードを掲げて、シール投票などを行うらしい。九条問題に関しては、共産党には似たようなことをやっているのに「変えるネット」があり、A9netは明らかに違う党活動である。なのに、なぜかこれを分派活動と呼び、糾弾しようとする党員はゼロである。

 1857年5月10日、インドの大反乱。

 世界史の授業では、「セポイの反乱」と教わった。しかし、インド・パキスタンでは、「1857年の大反乱」であり、「第1次インド独立戦争」として位置づけられているそうである。おぼえておこう。

 反乱に火をつけたのは、イギリス東インド会社に傭われていたインド人兵士(シパーヒー、これが日本ではセポイと訛った)である。しかしこの反乱は、兵士たちばかりではない。ムガール皇帝、旧地方の権力者をはじめ、大地主・農民・都市部の宗教的指導者などをも含めた、インド全土を巻き込んだ内乱だった。
 
 1757年の初採用以来、東インド会社は、実に兵力の5分の4を彼らインド人兵士に頼るにいたっていた。大英帝国が「文明」と「キリスト教」と「労働の尊厳」を教えた「奉仕」の返礼として、大英帝国のために戦わしめよというのが、当時のイギリス人一般の感情だったのだ。(J.A.Hobson, IMPERIALISM, http://www.fordham.edu/halsall/mod/1902hobson.html)

 しかしこれだけバランスが崩れると、いつ矛盾が爆発してもおかしくなかった。続きを読む

日本共産党・社会主義問題に関する研究で、屈指の情報サイトを運営する、元共産党員。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~mike/kenichi.htm

三十年以上前、県と党中央の指導を正規の会議の席で徹底批判してことで21日間にも及ぶ査問を受ける。また党中央批判、宮本委員長批判の「意見書を提出したことが、頭がおかしくなったと判断され、民主診療所で脳波検査されるなどの屈辱的報復を受けた。
除名を不服として、裁判に訴えたたかう過程でも、共産党からの一ヶ月にもおよぶ張り込み監視や尾行に悩まされる。続きを読む

1.心理学用語で、矛盾する二つの課題を抱えて身動き出来ない状態のこと。乳幼児期に受ける心的外傷(トラウマ)の原因の一つとされる。例えば、食事が上手に出来ない乳児期において、母親から「早く食べなさい」と言われ、そして早く食べようとすると当然こぼすなどの行為が伴うが、今度は「こぼさないようにしなさい」と言われる。行為の不可能性を咎められた乳児には心的外傷を伴い、母親をはじめとした外的世界への敵対・悪感情の理由となる。大人の場合は、会社から受けるダブルバインドにより鬱病になることが多い。

2.共産主義運動でよく見られる状態。一応、本来の共産主義運動というものは現実から出発するのだが、我々が知っている共産主義においては幹部の「かくあるべし」から出発し、その「かくあるべし」が強制されるので矛盾は全て現場(下部)に押し付けられる。現場(下部)は上から押し付けられる実現不能な目標と、現実に可能な状態との二重拘束により、欝病が多発している。
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 岩波のデジタル歴史年表より、気になる項目を抜粋してみる。

 ■1906年5月9日、北一輝(1883〜1937)が「国体論及び純正社会主義」を自費出版する。

 ただし、北のデビュー作は発売5日にして発禁処分となる。

 明治憲法で確立された天皇制国家の持つ矛盾性と危険を鋭く指摘し批判したが故である。その批判があまりにも正当なものだったために、以後、危険人物とされたのだ。北の指摘した矛盾。

 「天皇が現人神として無謬の神として国民道徳の最高規範として君臨することと同時に天皇は元首として過ちと失敗を繰り返さざるを得ない政治権力の最高責任者に位するものと定めた明治憲法の二元性」
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2004年4月に行われた第三回中央委員会総会のこと。

志位和夫によれば「明るく展望の出る会議」ということで、以来しんぶん赤旗には、多くの三中総に感動した党員の取り組みが紹介されている。「元気が出る」とか「値打ちがある」と出てくる党員が言い、前進の成果が発表されている。
額面通りに信じれば、共産党の党勢はぐんぐん強くなって、誰でも気が付きそうなものであるが、実際は先月の衆議院補欠選挙、そして今年の他の選挙の結果が前進の成果の信ぴょう性を疑わせている。

党員から、美辞麗句ばかり書くなとクレームが付くのだろうか?後に真実が書かれることもある。たとえば大阪の取り組みと大幅な前進が党活動のページで紹介されて2週間後、党はウソを言っていませんよと言いたげに、大阪のしんぶん赤旗の集金が進んでいないと、やはり党活動のページの隅の方にこっそり書いてあったりする。しんぶん赤旗は、そんな発見の愉しさを秘めている、面白い新聞である。

 1886年5月8日、コカ・コーラ発売開始。

 製造販売を開始したのはジョージア州アトランタの薬剤師ジョン・S・ペンバートンだった。商標のCoca-Colaは共同経営者 F・ロビンソンが考案したものである。
 最初にあったのは、コカインの原料であるコカの葉のエキスと、ワインを混合してフレンチ・オブ・コカという飲料だった。これは病気になら何にでもきく万能薬として売られていた。これにアフリカの先住民が興奮剤・強壮剤として嗜好していたコラの実のエキスを加えたものが、現在のコカ・コーラの原型になっている。

 日本に最初にコカコーラが入ってきたのは、大正年間のようである。高村光太郎の初期作品『道程』には、「コカコオラ、THANK YOU VERY MUCH/銀座ニ丁目三丁目それから尾張町」(「狂者の死」)というフレーズが登場するが、日本人の味覚にはあわず、ほとんど広まらずに終わった。
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故・青木雄二氏が漫画「ナニワ金融道」でしばしば用いた表現。人間はロビンソン・クルーソーよろしく、単独者として自給していることは稀であり、周囲の人間と社会的な関係を結んで生活している。社会的な関係が前提するものは、「世間の常識」や「良心」やらの「意識の問題」であり、かのマルクスはそれらが「物質的諸関係」に規定されていると示す。

だが、物質的諸関係というのは、持つものと持たざるものの差異を生み、当然、持つものが持たざるものに対し優位となる。その優位性を利用して、キッチリ型に嵌めるのだ。基本的に逃げ道はない。

経営者が労働者に曰く、「会社に不満があるなら、やめろ」。典型的な「キッチリ型に嵌める」やり方だ。続きを読む

日本共産党員の頭脳にプログラムされた、条件分岐処理のサブルーチン。自分たちに不利な事実を指摘され、反論できる時は反論するが、反論できない場合は「それは反共宣伝だ」と言うようにプログラムされている模様。
相手の言うことが正しいと自覚しているので、ウソを言うなと言ったらますます不利になる時に、よく使われる。よって、相手から「反共宣伝」と反論されたら、それは痛いところを突かれたと言っているのと同じと解釈してよい。

 5月7日は、コナモンの日。

 タコヤキスト・熊谷真菜氏の主宰する日本コナモン協会が2003年に制定した。「5・7」と「コナ」の語呂合せ。
 たこ焼き・お好み焼き・うどん・やきそば、粉を使った食品を、関西弁では「コナモン」という。今日も各地でさまざまなイベントが行われている。

▽日本全国コナモンまつり2005
http://konamon.com/pr/2005konamon_matsuri/20050507event.html

 たまには社会科ばかりでなく理科にも挑戦してみよう。以下、粉体工学の権威で、鳴き砂保護でも知られる三輪茂雄博士のサイトによる、「革命的コナモン学入門」である。どのへんが「革命的」かは最後まで読むように。

 気体・液体とならんで「粉体」という物質の状態が大切だと指摘したのは、物理学者の寺田寅彦である。では、液体と粉体はどのようにちがうのだろう? 実験で確かめてみよう。続きを読む

日本共産党傘下の、関連団体のこと。革新懇、新日本婦人の会、民青同盟、(民青系)全学連ほか、日本労協連のような事業体、共産党を支持支援する党員が主導権を持っている民間企業などがあり、その数はおそらく百ではきかない。

民主団体には、大きく分けて不良債権を他の民主団体に押し付ける団体と、押し付けられる団体がある。たとえば、民青同盟や民青系全学連は、同盟費や加盟分担金で得られる収入以上の経費を使い、払える見込みのない不良債権を大量に発生させている。

押し付けられるのは、多くは機関紙やビラなどの印刷を受注する民主団体である民間印刷会社である。これら不良債権がどう処理されているのかは、党の最高クラスの秘匿事項らしく、党内でもほとんど知られていない。

 1941年5月6日、スターリンがソ連首相に就任。

 最近、つぎのようなニュースが報じられた。ご記憶のかたもいらっしゃるだろう。

 ■58%がスターリン評価 戦勝式典前に露世論調査

 【モスクワ1日共同】インタファクス通信によると、旧ソ連の独裁者スターリンが第二次世界大戦に果たした役割を評価するロシア国民が58%に上ることが 1日公表された世論調査で分かった。対ドイツ戦勝60周年記念式典を9日に控え、ロシアでは大粛清を行ったスターリンが「戦争の指揮者」として“復権”する傾向にあり、懸念する声も出そうだ。
                (共同通信  5月1日20時57分更新)


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日本共産党が6全協以前に組織化しようとしていた、武装革命組織の一つ。類似組織に、農村への拠点作りに従事した山村工作隊がある。最終的には人民軍となる予定だったが、もともと戦略もなかった上に、爆弾一つ自前で作れない技術力の低さのため、たいした活動はできなかった。

その上、陸軍中野学校出身とおぼしきスパイが提供した、ろくでもない爆弾や武器作りの教則本、「球根栽培法」や「栄養分析表」を提供されて喜んでいた。「球根栽培法」や「栄養分析表」は、見かけは立派だが、製造不可能どころか、作る途中で事故を起こす代物ばかりで、敵よりも味方を傷つける目的で作ったものとしか思えないひどい内容であったと、当時共産党からスカウトされ爆弾を作っていた木村哲人が回想しいている。
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 5月5日は子どもの日。

 マルクス主義の祖マルクスと、実存主義の祖キルケゴールが、同じ誕生日だというのは、偶然にすぎないとはいえ、おもしろい。マルクス主義も実存主義も、ヘーゲル哲学の生み落とした双生児だった。キルケゴールは1813年デンマークの生まれ、1818年生まれのマルクスよりは五歳年長。ほぼ同時代人である。

 「リルケやカフカを喜び迎える人たちが、なぜこの二人を強く動かしたキルケゴールを迎えようとしないのか、私にはふしぎではならないのである」(桝田啓三郎「キルケゴールの生涯と著作活動」)

 私もキルケゴールはほとんど読んだことがない。私の周囲でも、ニーチェを読むものはいたが、キルケゴールは無視されていたに等しい。どんな大思想も、どんな美しい理念も、ヘーゲルの考えたように「人倫」「宗教」「国家」という制度によっては人間の魂を救うことができないのだ。たしかにその通りなのだが、「そんなものはうそだ」といってしまえば、救援連絡センターに支援をお願いできなくなってしまうだろう。
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1.日本国憲法の条文の中で、子供に訊かれたら一番困る条文を、直すなと言い続けている団体。憲法は一番重要な法律だと学んだ子供が「海空軍その他の戦力を保持しないなら、自衛隊はなあに?」と疑問を持った時、答える親や先生のことを全く考えてないことで有名。

九条にちなんで九人の著名人が先頭に立って作ったとされる。学習活動と呼ばれる呼びかけ人の講演が主な活動だが、呼びかけ人の九名の知名度がずば抜けているため、講演依頼も呼びかけ人の九人のみに集中している模様。そのため講師団を作りそこの人たちを代りに出そうとしているが、客の呼べそうにない人たちが多いので、不満が高まっている。

とはいえ、講義団には、福島瑞穂社民党党首もいる。いくら弱小に転落しているとは言え、社民党党首が呼びかけ人の作家や大学教授、首相夫人らよりもランクの低い扱いを受けているのは、哀れを誘う。続きを読む

 1919年、五・四運動。

 1911年の辛亥革命は、近代国家の建設に受け継がれることなく、やがて袁世凱を中心とする軍閥独裁へと変質していった。そのなかで日本は第一次世界大戦のドサクサにまぎれて、1915年1月、「二十一ヶ条要求」−−日本が中国を独占的な植民地化するという条約をつきつけた。

 これに対する反対運動は、まず学生の間に起こり、徐々に国民的規模に拡大していった。

 中国の北京政府は、1919年1月に開かれたパリ講和会議で、二十一カ条要求の取消しと山東省におけるドイツの権益の返還を要求する。しかしこの要求は帝国主義列強によって退けられ、4月末に山東省のドイツの利権を「戦勝国」日本が継承することが決定される。
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1.正式名第六回全国協議会。1955年、日本共産党が武装闘争路線を平和路線に変えた、歴史に残る会議のこと。

コミンフォルムの口車に乗ってロシアや中華人民共和国に続けと指令を出したものの、軍事戦略も用兵も武器も未熟なまま武装闘争を指揮したため、日本共産党は権力奪取はおろか国民からの総スカンを食らう。それで1952年の総選挙で国会での議席を全て無くすという、これ以上ない屈辱的敗北を喫した。

これがきっかけとなって所感派は壊滅、除名された宮本顕治が復活し、党内権力を奪取し平和路線への転換がなされた。しかし宮本は党内で独裁体制を築き、刃向かう者を容赦なく弾圧するようになる。

また、この時期、暴力革命に従事していた者たちの説得に失敗したことが、後の過激派を生むことにる。この前歴があるから、公安は日本共産党の監視をやめない。
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 5月3日は、憲法記念日。

 1947年のこの日、日本国憲法が施行したのを記念して制定された。なお、公布日の1946年11月3日は、「文化の日」となっている。

 現在、第9条の戦争放棄条項を中心に、改憲論がかつてない高まりを示している。

 きょう(5月3日)の朝日新聞Web版の世論調査を見てみよう。

 「自衛隊の存在を明記」(58%)と「普通の軍隊にする」(12%)を合わせても、7割の人が憲法の改正を求めている。

 しかし正面から9条改正の賛否を聞くと、「反対」(51%)が「賛成」(36%)を上回っている。しかし「自衛隊への国民の支持は広がり」ながらも、「9条を堅持したいという願いの強さがにじむ」と感傷的に護憲の論調に結びつけるのが、まことに朝日新聞らしい。
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1.1950年、日本のことなどサッパリわからんオツムなのにエリート意識だけは一人前の国際革命コンサル機関であるコミンフォルムが、当時の共産党トップ野坂参三らに、おまえら平和路線やめて武装闘争して革命やらんかゴルァ!と批判した事件。

国際コンプの党主流派(所感派)は、これを真に受けて本気で暴力革命を決意し、中核自衛隊や山村工作体といった武装集団を組織して暴力革命を目指した。

これに最後まで反対したのが、当時国際派に属し、後に共産党のトップとなる宮本顕治で、彼はこの時、追放、除名処分を受けている。続きを読む

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