1995年3月20日、地下鉄サリン事件。
通勤ラッシュ帯の午前8時頃、営団地下鉄の5本の電車内で、ほぼ同時刻に一斉にサリンが撒かれた。死者12人、重軽傷者5500人以上。
サリンはナチスドイツが化学兵器として開発した神経ガス。農薬開発の過程で発見され、その強すぎる毒性のために農薬としては使われず、その後相次いで開発されたVX、ソマン、タブンと並んで神経ガスとして化学兵器に用いられた。
オウム真理教の犯行と見た警視庁は、翌々日の3月22日、山梨県の上九一色村の教団本部へ強制捜査を実施。4月8日、実行犯の一人で教団幹部の医師・林郁夫逮捕。林の自供に基づき、5月16日に麻原彰晃(本名・松本智夫)ら教団幹部が逮捕される。
「退屈ゆえにハルマゲドン幻想を持ち出して不安を消費する」──それがオウムだったと、宮台真司は述べている。もてないヤツは永遠にもてないし、さえないヤツは永遠にさえないし、いじめられっ子は永遠にいじめられるだろう。「終わらない日常」に適応しそこなった世代は、もはやありえない輝かしい「必ず訪れる未来の救済の日」をハルマゲドンの幻想に託したのだと。そして若者たちの世紀末的・終末論的な飢餓感に最もラディカルに応えたのが、オウム真理教であった。

オウムの初期の思想は、ハルマゲドンを解脱−−超能力や神秘体験によって−−する修行(自己変革)によって、原始仏教的なユートピアを地上に実現しようとするものであった。それは「汚れた現世」からの出家を説く、穏やかなものだった。しかしそれがいつの間にか、政治=軍事力でハルマゲドンを起こそうとする、一種の「革命思想」へと変質していった。

この「変質」を考えるとき、オウム真理教とロシア権力との結びつきの意味は、けして小さなものではない。ロシア・コネクションと結びつかなければ、事件はあそこまで拡大しなかっただろうといわれる。レーニンの作った国家の成れの果ての乱脈と、オウム真理教団のハルマゲドンの自作自演。オウム教団に、左翼やマルクス主義が影響を与えた形跡はない。しかし、レーニンの末裔である左翼過激派の最後のパロディとして、オウム真理教の犯罪を見ることも可能である。ハルマゲドンの思想で武装した戦時共同体は、外にたいして無差別殺人の犯罪、内においては集団の専制として発現した。テロリズムに走った左翼過激派も、あそこまで傾斜することはなかった。一般大衆に対する無差別殺戮といい、3月30日の警察庁長官銃撃といい、「ルビコン河」を渡ったのはオウム真理教だけである。

地下鉄サリン事件は、「生命・自由・幸福追求の権利の尊重」(日本国憲法・第13条) という市民社会を支える倫理を侵犯するものだった。しかし市民社会の側も、果たして、この倫理が絶対不変のルールであると主張することができるだろうか? オウムには破防法を適用するまでもなかった。公安ジャーナリストに扇動された大衆の「市民感情」をバネとした「オウム狩り」現象は、草の根レベルで破防法がいつでも実行可能なものであることを示した。イラク人質問題でのバッシング、反戦ビラに対する弾圧事件、10年前、オウム事件の影響はけして小さなものでない。ほんとうの危機は、市民社会が最後の砦である「生命・自由・幸福」という倫理を、自らの手で破り捨てているところにある。これは、今から六十年ほども昔に、ドラッカーが「経済人の終わり」で指摘したナチズムを受け入れていく市民感情を彷彿とさせる。

倫理のない社会はない。どんな倫理が望ましいのか、国民の合意を組織していくのが政治である。ルールなき市民社会の自然状態を前提にする限り、ハルマゲドンの呼びかけに呼応する若者たちが出てくるのも不可避である。しかしながら、オウム事件や、9・11テロの後にも、世界が続いていることを知るだけでも、そう悪いことでもない。何かが滅びゆくプロセスは、同時に何かが結晶してくる過程でもあるのは間違いない。いかなるメシアニスムに傾斜することもなく、市民社会の廃墟を踏み越えて、何が残るのか賭けてみるべきである