日本共産党・民青同盟悪魔の辞典+

日本共産党や民青同盟、またやりよった……ぼやきのブログ

民主党のタカ派都議会議員
独協大学在学中に学内正常化(って何だ?)に取り組み、学長表彰を受けた経歴を持つ。百貨店勤務後、政治家秘書を経て現職。時々「正論」や「諸君」といった論壇誌に論文を発表。
民青同盟関連では、旧都立大学の民主青年同盟を叩いた実績を持つ。
www2u.biglobe.ne.jp/~t-tutiya/ronbun/ronbun2.html
民青同盟の横暴に対する批判は、傾聴に値する。だが民青に支配されているというだけの理由で、自治会の生命線である代理知徴収制度までなくせと主張するのは、いただけない。
経歴からして民青の横暴が通用する背景に考えが至らない人物ではなかろう。にもかかわらず、民青同盟の横暴と自治会組織の切り分けをしない点で、彼の主張は、民青同盟のそれと五十歩百歩である。

ヤーシンの虐殺

 1948年4月9日、パレスチナのデイル・ヤーシンで254人のアラブ人がユダヤ人に殺される。

 デイル・ヤーシンは、エルサレムからそう遠くない西側にある山間の村である。このテロ行為の指揮をとったのが、アルゴン(民族軍事組織)の指導者で、後にイスラエル首相となるペギンだった。

 「攻撃隊員は一軒一軒しらみつぶしに制圧していかねばならなかった。そのため多数の手榴弾を使用した。われわれの警告を無視した一般住民は、当然戦闘にまきこまれたのである」(ペギン『反乱』)

 実際には手榴弾だけではなく、TNT火薬を使って家屋を爆破している。あらゆる家を破壊することが命令であったことは明らかだろう。事件直後にヤーシン村を訪問した国際赤十字委員会によると、400人以上の人たちがこの村にいたが、約50人が逃げ、254人が虐殺されたと証言している。
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03f1c0a7.gif最初に大きなシールを貼り、投票に参加する人には小さなシールが与えられる。
これは、もし反対の意見に多くのシールが貼られるケースを想定しての工夫と思われる。
ただ。シール投票が進むにつれて、なぜか大きなシールも増える。

81ab8737.gif近年、民主青年同盟や日本共産党が力を入れている、ますます本来の目的から逸脱したアンケート手法の劣化形。
大きな板の中央に書かれた「憲法九条を守る」「消費税増税に反対」といった文章の左右にYes,Noのシールを貼る空間があり、通行人にシールを渡し、どちらかに貼ってもらう方式をとる。
日本共産党中央委員会のサイトにある
http://www.jcp.or.jp/movie/news_mov/20040627_tohyo.html
によると、
最初から自分たちの主張の方に目立つよう多くの大きなシールを貼っておき、相手を恣意的に自分たちの主張に誘導しようとするのが、シール投票のテクニックのようである。

上記写真は、日本共産党中央委員会が上記アドレスにある動画を削除した場合に備えたスナップショット。クリックすると捌ウインドウで実寸サイズで表示します。
QuickTimeのバーボタンの位置に注目。スタート段階で、すでにシールが恣意的に貼ってある。
最初のセリフは「今からシール投票やります」

 1903年4月8日、黒岩涙香、幸徳秋水、内村鑑三、堺利彦らが「萬朝報」に非戦論を発表する。

 『萬朝報』1892年(明治25年)11月、黒岩涙香によって東京で創刊。「万朝報」は「よろず重宝」にあやかる。 「永世無休」を掲げ、「一に簡単、二に明瞭、三に痛快」をモットーとし、権力悪に対しては徹底的に追求する態度、涙香による翻案探偵小説の人気によって急速に部数を伸ばし、1899年(明治32年)末にはその発行部数が東京の新聞中1位に達した。

▽萬朝報
http://www.honco.net/japanese/04/caption/caption-3-07-j.html

▽黒岩涙香と万朝報
http://kochi-bunkazaidan.or.jp/~bungaku/yorozutyouhou.html

 「萬朝報」に非戦論が掲載されたこの日、「時事新報」は「露国・満州占領を宣言」とロンドン発の外電を伝える。
 新聞が各紙とも主戦論に傾く中にあって、非戦論を堅持していたのが「萬朝報」である。この日発表されたキリスト者・内村鑑三の「戦争廃止論」を引用する。続きを読む

キャッチセールスによく使われる、カモに話かけるきっかけを作るツール。民主青年同盟も勧誘によく使用する。「アンケートおねがいしまぁ〜す!」と寄って行っては、カモ候補の意見を聞き、カモにできるか事前調査ができる利点があるからである。もとより通常のアンケートのように、結果を集計・分析する気はない。

「憲法第9条についてどう思いますかぁ?」と聞かれて、「平和のために必要ですね」などと答えると、どんどん他の項目をネタに思想を探っていかれる。肯定的な雰囲気で接すると、ニコニコして最後に、「民青同盟に入りませんか」と勧誘される。続きを読む

 1947年4月7日、労働基準法が公布される。

 日本国憲法27条で勤労条件に関する基準を法で定めるとしているため、これに基づいて包括的に労働者を保護する労働基準法が制定され、この日公布される。

 法律の条文はむずかしい。以下の口語訳サイトを紹介しておきたい。

労働基準法 わかりやすく逐条解説
http://www.roudou.net/law_ki2.htm


 まず最初におさらいしておこう。資本制経済の下で成り立つ市民社会は、以下の三つの原理で支えられている。
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数日してから、しおらしく戻る。くらーい顔をして先輩の前に行く。
そして、深刻そうに、先輩に相談を持ちかける。
「民青をやめたいと思います」

当然先輩は、理由を聞く。
「民青同盟は、評判が悪いんです。キンピー事件って知ってますか?」

「いや、知らない」(注:本当に知らないなら勉強不足、知っていてトボケるなら腹黒い)

「キンピーという共産党員の方が、大阪の民青の大会でビラをまいて、その事件をにちゃんねるに流した嫌疑で除名された事件です。ネットで民青同盟と検索すると、『キンピーをネットアイドルにする怪』という、いかにも怪しげなページがありまして、そこに書いてありました」

「それは民青同盟を誹謗中傷する反共謀略の団体だよ」

「あれ、今、知らないっておっしゃいませんでしたか?」
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 1919年4月6日、英領インドのローラット法(刑事緊急権限法)の施行に抗して、ガンディーは総ハルタルを呼びかける。ハルタルとはあらゆる仕事をやめること。「ゼネスト」と訳されることもある。インド独立運動における非暴力・不服従運動の幕開けである 。

 グジャラートの庶民階級に属する商人の家に生まれたマハートマ・ガンディ(1869−1948)は、1888年から3年間、英国に留学し、弁護士資格を取得する。この3年間の留学中に、はじめて古代インドの叙事詩『バガヴァッド・ギーダー』(神の歌の意)の英訳に接し、新約聖書に学び、クロポトキン、トルストイ、ラスキンなどの思想に触れる。その後、南アフリカに渡り、インド系住民の非暴力不服従運動を組織しつつ、自分の運動をサティヤーグラハ(「真理の把持」)と名づけた。1914年に成功裡に南アフリカにおける抵抗運動を終え、翌年帰国した後は、北ビハールの農民運動を出発点に、インド独立運動に参加していく。
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「国民のための政治」バージョンへの対応

「大企業の利益中心の政治を、国民の利益中心の政治に変えようとしているんだ。そのために民主的な連合政権を造ろうとしているのが日本共産党だ」と反論してくる場合もある。

「今の政治が大企業の利益中心の政治だという根拠は何ですか。税率は大企業でも中小企業でも変わらないでしょ」

「大企業は、下請けの中小企業をいじめて大きな利益を取っているじゃないか」

「そういうこともあります。しかし中小企業に大企業がいじめられていることもよくあります。その考えは通用しません」

「たとえばどんな?」続きを読む

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