ダイヤモンドオンライン
志位和夫インタビュー
前半部は趣味者にとって既知のことだが、後半部がとっても面白い。 志位タンを怒らせるギリギリのところで寸止めしている感がひしひしとw。これがタブーなきダイヤモンドの真骨頂!

――ですが、共産党ウォッチャーには、「敵の出方論=暴力革命」と見ている人が少なくないですし、「現在の日本共産党はソフト路線を打ち出しているが、根っ子は革命政党である。政権を獲ったら最後、旧ソ連のような一党独裁の素顔が出るはずだ」という疑いを抱いている人も少なくありませんね。

 違います。私は、世の中の在り方をガラリと変えるという意味で、革命とは悪いことだと思っていません。ただ、そこに至るまでの方法は、あくまで国民の多数の支持を経て社会の改革を進めるという方針に変わりありません。60年以上、一貫しています。これは、一歩一歩進めて行く話なのです。

志位たんの言うのはウソではない。相手が暴力で来るなら暴力を使用することは排除しないということだから=暴力革命というのは言い過ぎである。でも志位たん言ってないことがある。実際ところは非暴力的革命を指向するようになったのは暴力革命活動やってたら国民の支持や信頼をことごとく失って選挙で議席ゼロになったからであるw 

――ところで、最もベーシックな点をお聞きします。1991年冬に旧ソ連が崩壊したことにより、世間では「共産主義という考え方は終わっているのではないか」と見ている人が多いのではないかと思います。例えば今日でも、共産主義を標榜している国で、経済的に成功しているところはありません

 まず、これまで私たちは「ソビエト連邦は社会主義でも共産主義でもない」と強く発言してきました。私たちとは、まったく異なる存在です。

 どちらも中華人民共和国を蚊帳の外においているようだが、なんでだろw?

――とはいえ、日本共産党は、1922年にコミンテルン(旧ソ連が主導した世界同時革命を目指す共産主義政党による国際組織)の日本支部として立ち上がりました。言うなれば、日本共産党にとって旧ソ連は“親のような筋”に当たります。志位さんも、心中は辛かったのではないですか。

 親ではない(笑)。旧ソ連が崩壊して、もう25年が経ちます。旧ソ連が消滅したことで、「これで邪魔者がいなくなった」と清々した気持ちになりました。

戦前の赤旗には「コミンテルン日本支部」 と書いてあったのを志位タん忘れているようですw

――連帯と言えば、近年の日本共産党は、1960〜70年代の運動では相手にしなかったであろう「SEALDs」(自由と民主主義のための学生緊急行動)の若者たちと連帯していますね。彼らは、国の首相を“お前呼ばわり”するなど、言葉の使い方が少し乱暴だと思うのですが、周りの大人たちは注意しないのですか。

ふふふ。言葉の使い方はともかく、私は“今、戦後かつてない市民運動”が起きていると思っています。今日の市民運動は60〜70年代の運動とは質が違います。運動の単位は、誰かにリードされた集団ではなく、個人なのです。問題意識を持った個人が、自分の言葉で語っています。戦争法の問題では、SEALDsばかりでなく、一般の学生、学者、弁護士、著述家、ママの会など、これまで接点がなかった個人の集まりが生まれました。それらが連帯しているのです。

 言葉の問題は難しい。過去15年以上、街頭演説をしてきた私も反省することしきりです。例えば、「安倍政権に終止符を打ちましょう」と言っても、活字で読めば分かりますが、耳から入るとピンとこないかもしれません。同じことでも「安倍政権にピリオドを打ちましょう」と言ったほうが刺さるかもしれない。

政策を訴える上では、なるべく分かりやすい言葉で、かつビジュアルも工夫しなければなりません。決して、難解な言葉ばかり使って部外者を遠ざけようとしているのではありません。その点は、今後も課題であり続けるはずです。 

「人殺し予算」で叩かれても、全く反省していないのがよくわかりますねw 

ま、それと同時にSEALDsに嫌われたら彼らを「世代の継承」候補にしている共産党としてはとってもマズイのもあるでしょうね。だってほかにまとまった若いのがいないから、継承者確保に困っちゃうwww