【イギリス、ドイツの社会主義運動−4】

 一人目はカール・カウツキーです。ベルンシュタインの主張について、歴史を振り返って正当性があることを認めつつも、しかし、国家権力に対する外部性が残ることを考慮しました。彼は、エンゲルス亡きあとのドイツ社会主義労働者党のイデオローグとして活躍しました。この緻密な頭脳の持ち主は、ドイツにおいて現実的には革命の可能性がなくなっていっても、あくまでも労働者階級は国家の外部にあるという論理を否定しませんでした。二人目はローザ・ルクセンブルグです。彼女は革命運動だからこそ、労働者階級は能動的に状況を変えようと精力的に動くという観点から、党から革命の二文字を消すことは断じてならない、と考えました。労働者の勢力、能動性、主体性が大事だという観点は、後に触れるであろうレーニンと共有していると思います。ベルンシュタインは「革命の可能性はなくなった」と考えたので右派、カウツキーは「革命の可能性もゼロではない」と考えたので中間派、ローザは「革命こそが生命である」と考えたので左派と言ってもいいでしょう。

 

 さて。『共産党宣言』には「労働者には祖国はない」という言葉があります。この文章はそのまま受け取ってもいいのですが、この宣言が出された当時、労働者は国家の運営から完全にと言っていいほど排除されていたことに注意しますと、こう言い換えることも可能だと思います。「労働者は祖国を獲得すべし」と。すなわち、外部から内部になれ、と。歴史はそのように進んでいるようにも見えますが、まだまだ国家意思の決定の肝心な部分からは労働者は排除されているようにも見えます。どうしてそれが可能なのでしょうか。

 

 ここでもう一つの言葉を『共産党宣言』から紹介しましょう。「ある時代の支配的な思想は、つねにその支配階級の思想にすぎなかった。」このあたりの事情は、マルクス主義から少し離れて、ミシェル・フーコーが詳しく考えているようですが、小生はそんなに詳しくないので、マルクスの言葉に即して考えます。物事の考え方=イデオロギーは、下部構造に即して形作られる上部構造の一つであるとは良く言われます。それは、往々にして、支配階級にとって都合の良いものとして形作られます。社会的な規範は、社会が上手く回る=支配階級にとって上手く回るように出来ます。なぜならば、支配の論理というものは、それに従わない人間に、隠然と、あるいは公然と暴力——社会的強制力——を行使し、そして歴史を通じて支配の論理を構成員に内面化させるからです。こうして内面化されたものを規範と言います。一旦内面化されると、中々疑問を持つことはありません。だが、規範と現実、あるいは理想がぶつかることもあります。それこそが、改良や革命などの改革へのきっかけになります。それはどのような理路で改革に進むことが出来るのかを考えてみましょう。そういうぶつかりは、個々人によって気づかれます。その経験は、対話によって他人と共有され、具体的な対策も思い浮かぶならば、改革のために動くこともあります。しかし。この理路自身も批判の俎上に上げられることもあるでしょう。また、「ぶつかり」自身が、複雑化した社会においては余りにも多数で、簡単には問題として共有化されにくく、また、改革するよりは、今までの規範——惰性というべきかも——のままでよいと考える人のほうが、大抵多数派だと思います。哀しいことですが、人間は基本的に、成功するかどうか分からない改革よりも、惰性を選ぶものだと小生は思います。歴史を見ると、「誰の目にも、極端なまでに」問題が持ち上がらなければ、具体的な改革にまで突き進まないように思えます。

 

 こういう次第ですから、先の先まで見通せる知性をもったインテリは、鋭い感受性でもって現実の規範を撃ち、左派になびきやすく、現実の中で規範——常識と言ったほうがいいかも知れません——で打ち鍛えられた労働者は、右派になびきやすいと言えると思います。少なくとも、一九世紀末から二十世紀初めにかけてのドイツの社会主義労働者党はそのようになりました。

 

 ここで第一次世界大戦が起こります。

(続)