21日、鹿児島で行われた演説会で市田忠義は、「私の母は80歳で入党した。9年間の党員人生だったが母を誇りに思う」みたいなことを言った模様。

市田タンが既に70歳、党員人生は40年は確実に超えるだろう。ということは亡くなったのは最近のことなのだろうなというか、息子忠義が60超えるくらいにならないと入党しなかったわけだ。

おそらく息子忠義が共産党の書記長にまでなってからの入党ということは、たぶん更生を諦めたのだろう。