1959年生まれ日々是口実 広尾晃

野球ブログで有名な方のblogだが、30年前の共産党員の結婚式の様子が面白い。

もう30年近く前になるが、共産党員の友人がいて、結婚式に招かれたことがある。

親に言われて黒いスーツを着て祝儀を包んで行ったのだが、会場は市民センターの1室。 紙テープをリングにしてつないだ紙飾りが部屋中に吊ってあって、黒板に「○○さん、●●さんおめでとう」とチョークで書いてあった。テーブルにはサンド イッチやおにぎり、缶ジュース、缶ビール。参列者は背広姿もいたがジャンパー姿の人、作業着の人もいた。祝儀なんかとても渡せる雰囲気ではなかった。
 

共産党の地区の偉いさんが挨拶をして、新郎新婦への祝辞もそこそこに、政府自民党を攻撃した。「赤旗」の地域記者とか、労組の人とかが祝辞を述べたが、みんな「団結して立ち上がろう」で結んでいた。
で、最後はタンバリンを打ち鳴らして「ケセラ、ケセラ、ケセラー」とか「友よ」とかを歌う。
 

バブルの前だったが、当時の私の感覚からしても「貧乏くさい」と思った。私たちとは違うと思った。

同じテーブルに座った人たちは新聞に田中角栄や中曽根康弘の写真が載っているのを見て、「悪者ばっかり載ってるなあ」と言った。この素朴さにもついていけないと思った。

 

「貧しくて素朴」これが、共産党のイメージだった。うちの母は宮本百合子(宮本顕治元共産党議長の奥さん、作家)の愛読者だったが共産党は嫌いだった。しかし、ポストに投げ込まれる「赤旗」に載っているお料理レシピで料理を作るのは好きだった。何せ、100円程度で作れる貧乏料理ばかり紹介していたのだ。 

若い人のために書いておくと、当時は市民センターでの結婚式はめずらしいわけではなかった。バブル経済の時代以前には、ホテルで結婚式は一般的でなく、都市部で結婚式場がぼちぼちできていたくらい。田舎で結婚式場がないところでは市民センターでの結婚式がデフォで、時代劇でよくみかけるお家婚の時代から、市民センター婚に披露宴が移っていった時代である。結婚式場やホテルがデフォになるのはバブル以後の話。

ま、それにしても礼服着て行った客が場違いな思いをするようなことは、さすがになかったはすだ。
当blogの常連さんで、この方と同年代のことも少なくないと思うが、どんな結婚式をされたのか、ちょっと興味がwww
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