ということで、目新しいことはほとんど書いてはないけれど
▼政治離れや政党離れのこの時代に、一政党が若者たちを操ろうとすること自体しょせん無理な話である。学生運動の「脱共産党」も仕方ない。いずれにせよ、昭和20年代から30年代のセピア色のアルバムを見せられている思いがした。
残念ながら、セピア色ではなくて、フルカラーで今も存在してたんだよね。産経新聞社にも毎年何人か東大卒が入社してくると思うけど、彼らも当然フルカラーで知っている。でも、無視しつつけてきたわけだ。
21世紀になって10年もたつと、さすがに維持が難しくなるまで弱体化したが、なぜこんな時期まで全学連が存続できたのか?こんな時期までつぶされなかったのか?そこに「ことなかれ主義」など、日本の弱点や問題点を見るくらいはしないと、産経抄の原稿としては食い足りない。
▼政治離れや政党離れのこの時代に、一政党が若者たちを操ろうとすること自体しょせん無理な話である。学生運動の「脱共産党」も仕方ない。いずれにせよ、昭和20年代から30年代のセピア色のアルバムを見せられている思いがした。
残念ながら、セピア色ではなくて、フルカラーで今も存在してたんだよね。産経新聞社にも毎年何人か東大卒が入社してくると思うけど、彼らも当然フルカラーで知っている。でも、無視しつつけてきたわけだ。
21世紀になって10年もたつと、さすがに維持が難しくなるまで弱体化したが、なぜこんな時期まで全学連が存続できたのか?こんな時期までつぶされなかったのか?そこに「ことなかれ主義」など、日本の弱点や問題点を見るくらいはしないと、産経抄の原稿としては食い足りない。
でも、自治会役員の人事権を握っていたのは、東大の学生党支部ではなく、中央委員会青年学生部だと思います。
ちなみに、自分が所属していた機関では、地区労連役員の人事は労働運動部が、新婦人常任委員の人事は女性児童部が、地区を担当する民青県委員は青年学生部が、それぞれ役員の党員から提出された人事案を党の常任委員会に報告し、承認を得られなければ、それぞれの大会で提案される、役員の人事案名簿に掲載されることはありません。
さらに自分が民青の県委員に選出された時、民青県委員会に経歴報告書を提出するだけではなく、県党委員会にも党用の経歴報告書を提出させられました。しかも民青用の経歴報告書には「所属政党」を
報告する欄もありました。