不破和衛門 さまからいただいたコメント

9. 不破和衛門 2012年03月23日 21:58
1995年10月、全国都道府県青年学生部長会議で民青の地区廃止と全国大会毎年開催が方針として打ち出されました。

民青地区廃止の理由は「地区委員会を構成する幹部を班に戻し、班の幹部の層を厚くし班が主役の同盟活動を確立する」ことでした。

しかし、実際に行われたことは、地区党が「地区の青年運動のリーダーに」と育てた青年党員を党と民青の県委員会が片っ端から、県民青の常任委員に引き抜くことでした。その結果、いつまでたっても、地区の青年運動をリードする軸を確立できず、やっと育てたと思ったら間髪いれずに県が引き抜く。こんな状態が今でも続いているんでしょうね。

党中央は民青の地区を再建することと、班の幹部の層を厚くし班が主役の同盟活動を確立することとの矛盾をどう考えているんでしょかね?


おそらく、こういうことではなかったのかと

民青の地区廃止は、単純に地区委員会を維持できる人材が不足して、これ以上は無理というのが実態だったろう。それはいい。

問題は(たぶんだよ)そうして班に人を降ろしてもどうにもならないくらいに都道府県委員会レベルで人材が払底していたので、引き抜かざるをえなかったのではないかと思う。

なにせ共産党は、変化はしないことはないが、変化は小さすぎ、かつ遅すぎるから。