大連立が話題の今日この頃、へそ曲がりのぼくちんは、民青の歴史の連載を始めることにしたwww

で、まず始めに40年以上前の民青の規約の前文を掲載しよう……ちなみにこの頃は、民青の拡大がドンドン進んで、権力がビビっていた時代であった。

日本民主青年同盟は、独立、民主、平和、中立の日本のためにたたかう。
同盟は、青年の生活と社会的地位の向上のためにたたかう。
同盟は、民族的民主的文化を守りそだて、スポーツ・レクリエーションなど青年の健康とよろこびのために活動する。

同盟は、たたかいのなかで人類がたっした最高の科学であるマルクス・レーニン主義を学び、人民のたたかいに役立つ、有能で誠実な働き手として成長することをはかる。

同盟は、共産主義者同盟いらいの革命的伝統をうけつぎ、プロレタリア国際主義を発揚して、世界の青年との連帯と団結のためにたたかう。

同盟は、民主的中央集権制を組織原則とする自主的、大衆的な青年組織である。
同盟は、この目的を実現するために青年と青年諸組織との民主的協力をひろげ、民族民主統一戦線の一翼をになう労農青年を中心とする反帝反独占の青年統一戦線の中軸になって活動する、

日本共産党は、これより前、武装闘争路線で失敗して方針転換。口先は別として、ミヤケン独裁とともに革命の担い手としての牙を失った。それに失望した学生たちがブントを結成。こちらやその分派が当時の学生運動のメインストリームで、民青はうたと踊りをメインにしたヘタレの集まりだと言われていた……とはいえ暴力を排除していたわけでもなくて、たたかう時は過激派そこのけの活躍もしたのである。