ヘンリー・ワズワース・ロングフェローという人は「自分自身を計る物差しは“これから何ができるかだ」と言いました。これは根拠の無い自分の願望や、可能性を指しているのですが、言い方を変えれば、自己評価というものは客観的になりきれず、どうしても自分に甘い評価を下してしまうということで、私が就職したころは「評価は他人がするものだ。自分が一生懸命頑張ってるなんて自己評価するな」と、上司からきつく戒められてまいりました。

私のような社会の底辺に近い場所で徘徊している人間には当てはまるでしょうが、企業のトップとなればそうも言ってられません。時には社員を励ますために、甘い自己評価をすることもありますし、大風呂敷を広げて社員に夢を見させることもあります。昨日の罵詈争論で言うならば、モルヒネということになるでしょうか。
戦術として、時には甘い自己評価を下すこともありますが、それをしないと組織がもたない状態になってくると考えものであります。例えば戦前の大本営発表や北朝鮮のメディアなどがそうでありますが、そこまで状況が悪化する前に、現状を正しく把握して変革しなければなりません。

そこで重要になってくるのが、他人の視線であり、客観的な評価であります。今の自分達の状況を的確に把握するには、まず他人に聞くのが一番でありまして、最初に紹介しましたヘンリー・ワズワース・ロングフェローはこのことを「人は、"これまで何をしてきたか"で私を評価する」と言っております。


「これまで何をしてきたか」というものには、希望や願望という不確かな要素はなく、常に歩んできた事実だけを見られるわけでして、そこには自分に甘い分析など入る余地はなく、より客観的で正確な評価というものが得られます。また対立する者の評価は常に厳しいわけですから、彼らにこそすすんで意見を求めるべきなのかもしれません。

もし貴方の所属する組織の指導者が、ことあるごとに「値打ちが輝いている」などと言い出した時は、組織が危険な状態に達しているということですから、急いで他人の評価を仰ぐ必要があります。

罵詈争論でした。