1927年7月10日、岩波文庫創刊。

 現在、各出版社から出ている文庫本というスタイルを確立したのが、岩波文庫である。当時の社長岩波茂雄による(実際には三木清の筆になるといわれる)、岩波文庫発刊の辞「読書子に寄す」は、名文として誉れが高い。

 「真理は万人によって求められることを自ら欲し、芸術は万人によって愛されることを自ら望む。かつては民を愚昧ならしめるために学芸が最も狭き堂宇に閉鎖されたことがあった。今や知識と美とを特権階級の独占より奪い返すことはつねに進取的なる民衆の切実なる要求である。岩波文庫はこの要求に応じそれに励まされて生まれた。それは生命ある不朽の書を少数者の書斎と研究室とより解放して街頭にくまなく立たしめ民衆に伍せしめるであろう。」(「読書子に寄す−−岩波文庫発刊に際して−−」)

 マルクスもレーニンも、国民文庫版は、新刊の入手はほぼ絶望的だが、岩波文庫なら入手できる。日本左翼の歴史と切っても切り離せない、岩波書店の歴史を振り返ってみよう。
 1913年8月に、神保町に開いた古本屋が岩波書店の始まりである。当時古着屋、古本屋といえば掛引き商売の最たるものとされていた。言い値の半分以下に値切るくらいのことはめずらしいことではなかった。しかし岩波書店では、当時としては破天荒な「正札販売」を試みた。客に値段が高いという指摘を受けると、近所の同業者の値段を調べて、他所より安い正札をつけて翌日店に並べるようにしたという。

 こうした「岩波商法」は、徐々に読書家の信頼を得るようになり、台湾総督府図書館の図書購入の大型受注というチャンスをつかむ。総予算は1万円。一日の売上が10円、大正時代の大学卒地方公務員の初任給が80円だった時代である。当時官庁では「千円以上は競売に附すべし」という規則があったため、名前だけを近所の同業者十人から借りてその形式を整えたという。

 この小売業の成功から、念願の出版事業に進出。岩波書店の処女出版は夏目漱石の『こゝろ』だった。『こゝろ』は漱石自身の装丁で、定価1円50銭、2000部程度の発行だった。当時の出版事業では1000部売るのが非常に困難な時代のことである。

 『こゝろ』に続いて「哲学叢書」「科学叢書」などのシリーズを刊行。特に科学蔵書の刊行をきっかけに、科学者にして文学者だった寺田寅彦が、岩波創業期の最大の支援者となる。その後、『思潮』を創刊し、講座、全集、単行本など事業を拡大して、1927年の岩波文庫の創刊にいたっている。

 当時の出版業界のトレンドは、大正末期から昭和の初めにかけて各社が競って発行した、1冊1円の廉価本、いわゆる「円本」である。改造社の日本文学全集は26万人の予約を得てベストセラーになった。しかし岩波茂雄は、名指しこそ避けたながらも、当時の円本ブームを批判した。

 「近時大量生産予約出版の流行を見る。その広告宣伝の狂態はしばらくおくも、後代にのこすと誇称する全集がその編集に万全の用意をなしたるか。千古の典籍の翻訳企図に敬虔の態度を欠かざりしか。さらに分売を許さず読者を繋縛して数十冊を強うるがごとき、はたしてその揚言する学芸解放のゆえんなりや」(「読書子に寄す」)

 当時の円本は、分配を許さない……今風にいえば抱き合わせ商法だった。読者は自由に選択することができない。

 岩波文庫のモデルになったのが、1867年にゲーテの『ファウスト』を刊行し、現在まで15000点を超えるドイツのレクラム文庫だった。レクラム文庫は早くから日本でも読まれており、第一次世界大戦までのレクラム文庫の輸出先は日本が第一位だったという。ことに森鴎外はこれを愛読し、『即興詩人』はドイツ語訳のレクラム版からの重訳である。客が来るとと、レクラム文庫の料理の本の中から家人にレシピを読みきかせ、「レクラム料理」と称して饗したというエピソードなどものこっている。

 岩波茂雄も、学生時代、『ハムレット』『若きヴェルデルの悩み』など世界の古典を10銭で読むことの幸福を味わった、当時の知識青年の一人だった。岩波文庫が1970年代まで採っていた星の数で価格を示す システムもレクラムにならったものである(当時★一つ20銭)。

 かつて「岩波百冊の本」というものがあった。読書するのにも、はっきりとした目標があったのだ。1970年代以降には、左翼思想の自己崩壊と、ポストモダン的な思潮の高まりのなかで、岩波文庫が象徴していたアカデミズムや知識人の権威は解体した。しかし、岩波書店が<ポストモダン・ブックス>シリーズを刊行する時代には、ポストモダン的言説も、消費され尽くしてしまったといわなくてはならないだろう。最後には何が残るだろう? 岩波文庫に収録されるような古典しかのこらないかもしれない。

 今日のテーマは岩波文庫創刊だと管理組合に伝えると、「いま若者にすすめたい岩波文庫の古典を10冊あげよ。ただし入手可能なものに限る」という指令がきた。

  プラトン 『国家』
  ホッブス 『リヴァイサン』
  マキアヴェッリ 『君主論』
  スピノザ 『政治論』
  ルソー  『人間不平等起源論』
  スミス  『諸国民の富』
  マルクス 『経済学=哲学草稿』
  マルクス 『資本論』
  ニーチェ 『ツアラトゥストラはこう言った』
  レーニン 『国家と革命』

 マルクスだけ2冊になってしまったのは、セレクトに時間がなかったためである。『ユダヤ人問題に寄せて・ヘーゲル法哲学批判序説』『ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日』を落とすのはしのびなかったが、マルクスの作品は、戦闘的で情熱にあふれる、若い頃の文章から取りかかってほしいように思う。

 トロツキーの著作も読んでほしいが、除外せざるをえなかった。左翼学生運動には、まだ本当の闘争が始まる前に、スターリニズムだのトロツキズムだの修正主義だのブルジョア民主主義だの、死語を振り回すことをおぼえてしまう人たちが少なくなかった。こうした左翼の理論の物神化は、組織の物神化にちょうど対応するものである。若いうちから、他人が血をながしてあがった革命の、上前だけをはねて歩く官僚主義ブローカーのような真似だけはしないほうがいい。それよりは、偉大な先駆者たちがそうしたように、プラトンに始まる西欧政治思想の源流と格闘したほうが、はるかに有益であるだろう。


【参考サイト】
写真で見る岩波書店
http://www.iwanami.co.jp/museum/chronicle/top.html

(追記)
セレクト10冊が11冊になっていたため、訂正しました。