1952年7月4日、破壊活動防止法が衆議院で可決・成立。
 最近、破防法が注目を集めたのは、1995年、地下鉄サリン事件などを起こしたオウム真理教に対してである。公安調査庁が処分請求を行ったが、公安審査委員会が適用要件を満たさないと判断して、適用は見送られることとなった。

 破防法は、「暴力主義的破壊活動」を規制するために刑罰的規制と団体規制を規定している。しかし「暴力主義的破壊活動」の概念は極めて広範であり、明確性に欠けるものだ。また「内乱等のせん動」「その実行の正当性」を主張した文書等の印刷、頒布・掲示等までも処罰の対象としたことは、表現の自由を侵害し、罪刑法定主義に違反するものである。

 破防法は、1950年、朝鮮戦争が始まってからのレッドパージとアカハタ発行停止に始まる日本共産党の弾圧を「成文化」したものだった。破防法にたいする反対闘争は、労働組合が中核となり、その周囲に社会党左派、労農党、共産党その他の野党勢力、言論界、文化団体、知識人、宗教者、そして全国各大学の教授と学生、さらに広く市民、農民の力までが加わり、名実ともに全国民的な規模で展開された巨大な運動だった。破防法の初適用は、1961年の元旧軍将校らが画策したクーデター未遂事件三無事件である。その後、1960年代末−70年の中核派・ブントなど新左翼系幹部などに適用されている。

 いま、「共謀罪」を入れた刑法改悪が進もうとしている。共謀罪とは、関係者のたんなる「合意」だけで処罰ができるという法律だ。今までなら、殺人や強盗でも、予備的な準備行為があってはじめて犯罪とされていたものが、共謀罪では準備行為も必要でなく、「合意」さえあれば犯罪となってしまう。

 しかし何をもって「合意」があったと認定するのだろう? 「共謀罪」の証拠は、自白に頼らざるを得なくなる。法案では犯罪の実行前に自首すれば刑を減免すると定めている。自白偏重主義が冤罪の温床になってきたのは、これまでも指摘されている通りだ。

 これは2000年末に国連総会で採択された国連国際組織犯罪防止条約の国内法化のためだと法務省は説明している。この条約はマフィアなどの国境を越える組織犯罪集団の犯罪を防止することを目的に起草されたものである。しかしこの共謀罪は、国連国際犯罪防止条約の求める範囲をはるかに超えるものである。

 私は破防法にも反対だし、共謀罪にも反対だ。こんな法案は認めることはできない。1950年代の共産党の武装闘争路線は、誤ったものであったけれども、その誤りのなかにさえ、戦争と隷属を繰り返すことを許さない幅広い民衆の意志が含まれていた。ビラまきだけで逮捕・起訴するいまの左翼や反戦運動に対する公権力の弾圧は、明らかに常軌を逸している。対立は対立として、不法な弾圧には総体として反撃していく枠組みを作り上げていくことが必要だろう。