1914年6月28日、オーストリア皇太子夫妻、暗殺さる。

 オーストリア皇太子、フランツ・フェルディナント大公夫妻が、この日、ボスニアの首都サラエボで暗殺された。大公50歳、大公妃43歳、この日は、夫妻にとって14回目の結婚記念日だった。
 この日、大公夫妻はサラエボで開かれた陸軍大演習を閲兵、その帰りに爆弾を投げられて、侍臣が負傷している。大公のオープンカーはその侍臣を見舞うために、急きょ進路を変更したが、予定を知らされていなかった運転手は道を間違えかけて急停車した。

 この機に、通りの曲がり角にいた一人の若い男がブローニング拳銃を抜き、2発連射した。皇太子夫妻は折り重なるように倒れた。皇太子夫妻を暗殺したのは、セルビア人の解放をめざす秘密結社「合併か死か」(別名「黒い手」)が、セルビアから送り込んだ7人の暗殺者のうち1人、ガブリロ・プリンチプ。19歳の学生だった。

 このサラエボで響いた2発の銃弾が、第1次世界大戦の導火線となる。この事件の1ヶ月後に、オーストリア=ハンガリーは、セルビアに戦線布告して、大戦の火蓋が切って落とされる。

 列強の帝国主義的対立を背景にした少数民族問題をかかえたバルカンは、まさに「火薬庫」の状態にあった。1908年のオーストリアによるボスニア・ヘルツェゴヴィナ併合が、セルビア人の民族意識を加熱させる。ロシアのパン・スラヴ主義政策は、国内に多くのスラヴ系民族をもつオーストリア−ハンガリーの警戒を強めさせ,スラヴ人抑圧政策をとらせた。
 
 オーストリアは。皇太子暗殺事件の全責任は、セルビア政府にあるとした。もちろんセルビア政府が直接の関係を持っていたわけではない。しかし爆弾はセルビア軍のものだった。またセルビア陸軍の要職にあるディミトリエヴィッチが「黒い手」の背後に連絡をとっていたことも事実である。

 オーストリアは、7月5日にドイツから「もしロシアがセルビア側につくなら、ドイツはロシアおよびフランスと戦う」という軍事力を含む無条件的支援をとりつける。オーストリアの要求に、セルビアは非を認め要求のほとんどをのもうとした。しかし犯人の引渡しに関しては,犯罪者を自国の法と裁判によって裁くことを定めたセルビアの法律の調整のため時間がかかった。

 この間隙をついたのが、大セルビア主義を潰すチャンスをうかがっていたオーストリア外相ベルヒトルトだった。宣戦布告への署名を渋る皇帝に対して、「すでにセルビア軍はオーストリア軍に発砲している」と虚偽の報告をして、皇帝に宣戦布告に署名させたといわれる。

 国際情勢の危機と戦争の切迫を目前にして、当時の左翼や社会主義者たちは、どのような態度をとったのだろうか? 

 第二インターナショナルの議事録によると、国際社会主義事務局のメンバーが、7月26日電報で召集され、7月29日と30日の両日、ブリュッセルのメゾン・ド・プープルで事務局会議を開いている。

 会議が開かれたのは、オーストリアが宣戦布告した翌日のことだった。この日の会議の議事録から、オーストリアの党を代表したヴィクトル・アドラーの発言を引用してみたい。

 「諸君がすでに知っていることについては語るまい。しかしオーストリアの宣戦布告は、全世界にとってと同様に、われわれにとってもまったく不意打ちだったということを指定しておきたい。われわれは外交交渉の進展に注目していた。しかし戦争を予想することはできなかった。セルビアがオーストリアの最後通牒を若干の相違を残して基本的な点ですべて受け入れたにもかかわらず、われわれはやはり戦争に直面している。
 わが党は行動できない。これ以外のことを言うのは事務局を欺くことである。ニュースによって騙されてはならない。現在生じていることは、数年間の階級的扇動とデマゴギーの結果である。人々は街頭で戦争に賛成して行進を行っている。……」(「国際社会主義事務局 世界戦争に関する議事録」)

 レーニンによると、第二インターナショナルは、多くの国で社会主義運動が大衆的に広がる地盤を準備した。しかしながら、帝国主義と戦争の時代に、日和見主義と排外主義に転落して、世界戦争を前に世界革命−世界のプロレタリアートを決定に裏切り、崩壊した。そしてこの理論的代表者がカウツキーだったとされている。

 このアドラー発言は、まさに「日和見主義」であり、「排外主義」への屈服以外の何物でもない。しかし、ここでは、アドラー自身のことばに耳を傾けてみよう。

 アドラーの眼から見ると、この状況で、オーストリアの党が反戦の示威行動を行うことは自殺行為に等しかった。民族排外主義の昂揚のなかで、「生命の危険もあり、投獄されるおそれもある。それは良い」。しかし、「いかなる政治的成果もなしに30年間の努力を無にすることはできない」のだ。オーストリアに革命の危機が迫っていることをセルビア人に信じさせるべく、「党を守りぬく」「偉大な責任を負うべき」ではないだろうか。全産業はおそらく軍事化されよう。労働拒否は戒厳令によって裁かれよう。第二インターナショナルが、またわが党がなしうることは、戦争犯罪人を断罪し、紛争を局地化するよう努力することではないだろうか?

 こうして、アドラーの発言を見ていると、「真面目」「誠実」「純粋」な人ほど、党や運動を守ろうとして、結果として、戦争やテロリズムに加担してしまうという、典型例を見ているようだ。こういう人たちこそ、最も超えがたい存在であるということだけは忘れないようにしたい。