組織の幹部というのは、その組織を代表しているわけでありまして、言わば組織の顔であります。幹部の人柄や容姿や仕草によって、組織そのもののイメージというものは変わってきます。

共産党で言いますと、ソフトなイメージの不破議長や志位書記長あたりが、党の顔ということになるでしょう。しかしながら、やはり組織全体と幹部個人というのは別物でありますが、共産党内においては「幹部=組織」という捉え方をしています。ここでいう「幹部」とは不破さんや志位さんのような最高幹部だけではなく、地方・地区幹部も含まれており、これは党外の人からすれば全く理解できないことであります。
うがった見かたをすれば組織を隠蓑にいているとも言えるわけで、このような解釈を押し通すことは組織にとっていろいろな弊害をもたらすのは当然です。たとえば共産党は地区レベルの幹部が起こした小さな問題さえ、まともに解決できないようで、末端による幹部批判も「組織への批判」と恣意的に解釈し、場合によっては批判した党員は調査の対象になってしまうようです。このようなことを私どもは恐怖政治と呼びます。

「40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持たなければならない」と言ったのはアメリカの大統領リンカーンですが、人間も40年生きているとその生き方が自然と外見に現れてくる、つまり顔に象徴されているということです。
共産党は80年以上生きていますが、いまだに恐怖の対象として見られているのは、なにも反共宣伝のせいだけでもないようです。

罵詈争論でした。