私たちは日々暮らして行く中で、自分で正しいことをしているつもりでも、いろいろな失敗や誤りを犯してしまいます。それは組織や会社も同じで、JR西も事故を起こすつもりではなかったでしょう。しかし事故を起こそうとは思っていなかったJR西は、死者107名をだす大惨事をおこしてしまいました

事故にいたる経過を見てみますと、誤りを正すチャンスはいくつもあったように思えてなりません。グリルパルツァーは遺稿の中で「すべての誤りには三つの段階がある」と指摘しております。
第一は、誤りが生まれる段階。第二はそれを誤りと認めようとしない段階。第三は、もはや取り消そうにも取り消せない段階であります。
JR西は以前にも日勤教育で自殺者を出しておりますが、裁判の判決でそのことを指摘されても、それを認めようとせず、結果として日勤教育にメスを入れることはありませんでした。
そして、もはや取り消そうにも取り消せない誤りを犯してしまいました。

一方、共産党を見てみますと、戦後だけでも多くの誤りを犯してきたように思えます。市民運動や組合などへの強引とも思える介入や、内部体質が引き起こしたとされる問題がそうであります。
しかしながら共産党中央委員会は「中央委員会として間違ったことは無い」、いわゆる50年問題でも「分派が勝手にやったことで中央委員会は悪くない」という態度です。

これらのことについて中央委員会の誤りを指摘するメディアもあるのですが、共産党はそれらを「反共」と罵って、聞く耳をもたなかったり、沈黙することで批判が通り過ぎるのと待っているようです。しかし思惑とは逆に、事態はどんどん悪化していってるように思わざるをえない選挙結果が続いております。

もはや取り消そうにも取り消せない段階が、すぐそこに来ているのかも知れませんが、まだ誤りを正すチャンスも残されているように思います。

罵詈争論でした。