1890年5月19日、ホ・チ・ミン誕生。

 ホ・チ・ミンらがベトナム独立同盟(ベトミン)を結成したのも、51歳の誕生日を迎えた、1941年のこの日のことだった(誕生日には諸説ある)。 1911年にコックの見習いとしてヴェトナムを出国してから、実に30年ぶりの帰国だった。
 渡仏後のホ・チ・ミンは、船員や労働者生活をへて、1917年にフランス社会党に加盟。1919年にベルサイユ講和会議に「アンナン人民の要求」を発表してヴェトナム独立を訴え、一躍有名になる。 1920年に発表されたレーニンの「民族・植民地問題に関するテーゼ」に触れて、マルクス=レーニン主義に接近。フランス社会党がトゥール大会において分裂した際には、ホ・チ・ミンは第三インター派に組して、フランス共産党の結党メンバーに名を連ねる。
 
 1930年6月、一時はゲティン・ソヴィエト区を樹立したインドシナ共産党も、フランス・インドシナ総督府の攻撃により瓦解、完全に地下潜行せざるをえなかった。ホ・チ・ミンも、モスクワ、ドイツ、スイス、広東、香港、各地を転々としている。1941年のこの日にベトミンを結成したのは、世界情勢−インドシナ情勢の激動のなかで、ヴェトナム独立に向けた民族主義者、共産主義者を結集することにあった。

 1945年3月、日本軍は軍事クーデターを起こして、フランス総督府……すでにパリは連合軍に解放されていたが、このときまでインドシナでは「同盟国」時代のヴィシー政権に任命された総督府が存続していた……から権力を奪い、実質的なインドシナ全域の軍事占領に入る。これを日本側は「仏印処理」とよんだ。

 日本軍はクーデターに成功して、インドシナを簒奪した……しかし当時ハノイにいた日本軍兵士たちが聞いたのは、「ホ・チ・ミン」というゲリラの指導者の名前だった。

 「作戦が終わったとたん、ホ・チ・ミンという言葉を聞いた。あのころ、どこからともなく、地からわき出てくるかのごとく、ホ・チ・ミンという名前が聞こえてきた。部隊の中でも、日本人もみんな知っていた。どこからわいて出てくるのか不思議だった。ヴェトミンという名前も知っていた。みんな『越盟』(えつめい)といっていた。越盟がゲリラ組織であることも知っていた。ホ・チ・ミンは、民族運動の指導者で、越盟の指導者だということくらいはわかっていたが、越盟が共産主義者の集まりだということは、わたしたちは知らなかった」(『ヴェトナム戦争全史』)

 ヴェトミンがヴェトナム民衆のなかで決定的なイニシアチブを握ったのは、1944年末から45年にかけての「200万人餓死事件」である。この飢饉は、日本とフランスが、稲作の田を軍事用の麻袋の原料にする黄麻(ジュート)などに作物転換させたこと、水害によってトンキン・デルタの米の生産が激減したこと、米軍の爆撃のため鉄道が破壊され、南部から米の運搬がストップしたこと、複合的な原因によって発生したとされている。戦後、日本政府は公式には死者の数を30万人と発表しているが、死者の数は20万人とも40万人とも、100万人ともいわれ、正確な事実はわからない。しかし、このことは裏を返せば、日本軍もフランス総督府も、ヴェトナム民衆の飢饉にたいして、何の措置もとらなかったということである。

 1944年12月にヴォ・グエン・ザップによって結成された「ヴェトナム武装解放宣伝隊」は、「飢饉は日本軍の政策によるものである」とカンパニアを強化する。ヴェトナム民衆の反日感情は爆発した。ヴェトミンは日本軍クーデターの報を知るや、ただちに「日本のファシストを追放せよ」と反日・反帝闘争を強力に訴えかける。このキャンペーンは成功をおさめた。日本軍は勝利したのもつかの間、地からわき出てくるかのごとく、「ホ・チ・ミン」の名前を聞くことになるだろう。

 ベトミンは日本が無条件降伏と同時に一斉蜂起、ヴェトナム民主共和国の独立を宣言する。ヴェトナムの解放は連合国によって与えられたものではない。ヴェトナムの民衆が自らの手で勝ち取った独立革命であり、その求心力となったのがホ・チ・ミンのヴェトミンだった。しかしフランスはベトナムの独立を否定して、再侵略を企てる。ヴェトナム人民の解放に向けた長い苦難のたたかいが始まる。

  「山もある、川もある、人もいる、
  アメリカに勝ったら築きあげよう、
  今よりも10倍も美しく」(ホ・チ・ミン)

 きょうはマルコムX(1925年)とポル・ポト(1928年)、アンドレ・ザ・ジャイアント(1946年)の誕生日でもある。私の人生を狂わせたかもしれない、これらの人物の共通点とは何か? 今度、極左の闘士から占星術師に転身した友人に聞いてみよう。


【参考文献】
『ヴェトナム戦争全史』 小倉貞男(岩波現代文庫)

【参考サイト】
▽レーニン民族テーゼ(江東社会科学研究所)
http://kazhik.net/soc/history/lenin.html
▽フィールドワーク ベトナム2002
http://www.kaze.gr.jp/fwvietnam/fwvietnam2002/fwviet02top.htm