1.正式名第六回全国協議会。1955年、日本共産党が武装闘争路線を平和路線に変えた、歴史に残る会議のこと。

コミンフォルムの口車に乗ってロシアや中華人民共和国に続けと指令を出したものの、軍事戦略も用兵も武器も未熟なまま武装闘争を指揮したため、日本共産党は権力奪取はおろか国民からの総スカンを食らう。それで1952年の総選挙で国会での議席を全て無くすという、これ以上ない屈辱的敗北を喫した。

これがきっかけとなって所感派は壊滅、除名された宮本顕治が復活し、党内権力を奪取し平和路線への転換がなされた。しかし宮本は党内で独裁体制を築き、刃向かう者を容赦なく弾圧するようになる。

また、この時期、暴力革命に従事していた者たちの説得に失敗したことが、後の過激派を生むことにる。この前歴があるから、公安は日本共産党の監視をやめない。
2.民青同盟が歌って踊って平和を目指そうという、現代においても背中がむずかゆくなる恥ずかしい路線をとるきっかけとなった事件。共産党の武装闘争路線に共感し、裏切られた者たちは、この活動路線によって民青を物笑いのタネにした。

しかし、党の指令とは言え、民青同盟はよくもこんなふぬけた路線に従ったものである。