4月30日、ヒトラー(1889年−1945年)、妻エヴァ・ブラウンと共に自殺。56歳の生涯を閉じる。

 ヒトラーももはやこれまでと覚悟した。28日の深夜、ヒトラーは総統地下壕で愛人エヴァ・ブラウンと結婚式をあげる。ゲッベルスとボルマンが証人として結婚証明書にサインした。公式には二人の結婚が「29日」とされているのは、インクが乾く前に書類を重ねたため、しみができて日付が消えてしまい、書き直したときには時計が29日の午前0時を過ぎていたからである。

 結婚式をあげたヒトラーは、早速、遺言の作成にとりかかる。

 「さらにわたしは、ユダヤ人によって準備され、扇動された大衆を喜ばすための見世物の必要な敵の手に落ちるつもりはない。
 従ってわたしはベルリンに留まり、総統・首相の座が自らもはや維持されないと判断した瞬間に、自由意志からここで死を選ぶ決心をしたのである。」(ヒトラー「政治的遺言」)


ヒトラー 最期の12日間

私はヒトラーの秘書だった

ヒットラーのむすめ
 この政治的遺書のなかで、ゲーリングとヒムラーの党籍は正式に剥奪。デーニッツ提督を大統領兼国防軍最高司令官に任命、ゲッベルスは首相、ボルマンは党首となった。

 4月30日、エヴァは青酸カリを服毒、ヒトラーは青酸カリを服毒後、拳銃自殺。二人の死体をガソリンをかけて焼き尽くす間、最後に残った側近らは右手をあげて敬礼していたといわれる。

 この夜、ゲッベルスとボルマンはソヴィエト軍と交渉しようとする。しかし交渉に派遣されたクレプス将軍に、ソヴィエト側は無条件降伏を要求した。ゲッベルス夫妻は、6人の子どもを道連れに自殺。ボルマンは地下壕からの脱出に際して爆死したとされる。死体が見つからなかったため生存説も流れた。

 「もし、ヒットラーにむすめがいたら、戦争はとめられただろうか?」

 最近、話題となったジャッキー・フレンチ『ヒットラーのむすめ』の帯の惹句である。

▽書評『ヒットラーのむすめ』(鈴木出版)
http://mother-goose.moe-nifty.com/ehondouwa/2005/01/post_19.html

 この作品は、スクールバスを待つ間にオーストラリア人の少女アンナが始めた「お話ゲーム」である。ヒトラーの娘の名前はハイジ。しかしヒトラーが結婚していたことも、娘がいたこともだれも知らなかったのだ。ハイジは別荘で暮らし、父と娘は一緒に住むことはなかった。

 「あざがあったからなのよ。顔に、大きな赤いあざがあったのよ。それに片足がもう片方より短かったから、足をひきずってたの……ほんのちょっとだけね。
 ヒットラーは、かんぺきな人種を繁栄させようとしてたの。その人種はアーリア人っていって、ヒットラーにいわせればユダヤ人じゃない白人のことをね。目は青くて髪はブロンドで、背が高くて、走ったりジャンプしたりするのが得意な子どもたちが世界を征服するはずだと、ヒットラーは思ってたの。でも、ヒットラーのむすめは、自分と同じように背が低くて、目や髪も濃い色で、顔にはアイロンでやけどしたみたいなあざがあったし、足をひきずっていたのよ。」(『ヒットラーのむすめ』さくまゆみこ訳)

 ヒトラーには、実際には娘はいなかった。しかし彼が大の子ども好きだったことはよく知られている。地下壕で非業の死をとげたゲッベルス家の6人の子どもたちも、大好きな「総統おじさん」のところに遊びに行くような感覚だったにちがいない。

 しかしヒトラーが子ども好きであったことと、アウシュヴィッツの間には、何の矛盾もない。アウシュヴィッツにさえ、芸術をこよなく愛するドイツ人のためのユダヤ人音楽隊が存在した。

 人間とはガス室のボタンを押しながら、バッハに涙することができるほど、「人間的で、あまりに人間的な」存在なのだ。ナチス・ドイツは何百万人ものユダヤ人を殺しておきながら、他方では動物虐待を禁じる動物保護法を整備した初めての国家であった。「生魚その他冷血動物の屠殺および貯蔵に関する法令」で魚介類や甲殻類の調理法まで細かくマニュアル化したナチスの「優しさ」と、ユダヤ人を効率よくガス室に送り込み死体を生産して、さらに人肉から脂肪をとって人造バターを作る「狂気」の間には、実のところ、何も矛盾するところはない。このふたつのことは、近代合理主義の徹底という、同じ論理構造に貫かれているのではないだろうか?

 19世紀人のマルクスが、「人間的なもので私に無縁なものは何もない」という格言を愛したのは知られている。しかし、20世紀のナチズムとスターリニズムの世紀を生きた私たちは、「非人間的なもので私に無縁なものは何もない」といわなければならないだろう。思想は人間の非人間性を自己のものとして媒介することを通じてのみ、はじめて人間に忠実な思想になりうる。

 今夏(2005)、ヒトラーが自殺するまでの12日間を描いたドイツ映画『ヒトラー 最期の12日間』が公開される。この作品の原作は、1942年に22歳でヒトラーの秘書に採用され、数年前に亡くなった女性秘書ユンゲの回想録である。

▽『ヒトラー最期の12日間』オフィシャルサイト(オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督、ブルーノ・ガンツ、アレクサンドラ・マリア・ラーラ出演)
http://www.hitler-movie.jp/

 この作品を見た方の映画評を見つけたので、ご紹介しておきたい。
▽Der Untergang
http://www.asahi-net.or.jp/~ib4s-cyuk/hoeren4.htm